朝起きたときから、なんとなく体が重い。
熱があるわけではない。
寝込むほどでもない。
でも、鼻と喉が少し風邪っぽくて、いつもより疲れやすい。
こういう日が、地味につらい。
「熱がないから大丈夫」
「ただの風邪だから動ける」
「家事くらいはできるはず」
そう思ってしまうけれど、体はちゃんとしんどい。
鼻が詰まる。
喉がイガイガする。
目も少し乾く。
なんとなくだるい。
すぐ横になりたくなる。
風邪のひき始めや、軽い風邪の日は、見た目にはあまりわかりません。
でも、体の中では免疫が働いていて、いつもよりエネルギーを使っています。
だから、熱がなくても疲れやすい。
いつもならできる家事が重たく感じる。
子どもの声がいつもより響く。
夕方までの時間が、少し長く感じる。
そんな日に限って、育児は止まりません。
下の子はまだ小さい。
上の子は幼稚園から帰ってくる。
ごはんもある。
お風呂もある。
寝かしつけもある。
母の体調が悪くても、午後はいつも通りやってきます。
- 15時。長女が帰ってくる
- 風邪の日のテレビは、手抜きではなく安全装置
- 今日の育児は「伸ばす」より「守る」
- 18時就寝までの、橋渡しテレビ
- ソファで横になる母も、ちゃんと家庭を守っている
- 罪悪感より、回復を優先する
- まとめ。テレビを消す日もあれば、テレビに助けてもらう日もある
15時。長女が帰ってくる
15時。
長女が幼稚園から帰ってきました。
こちらは朝からすでに省エネモード。
鼻と喉が風邪っぽくて、体もだるい。
カロナールを飲んで、少し楽にはなっているけれど、元気になったわけではありません。
次女も少し風邪っぽい。
そして、ちょうど昼寝中。
部屋はクーラーをつけて、涼しくして。
長女にはアンパンマンをつける。
私はソファで横になる。
長女はテレビを見る。
次女は寝ている。
私はスマホを見ながら、ただゴロゴロする。
あまりにも静かで、あまりにも平和で、思わず思いました。
「天国か」
でも、そのすぐあとに、こんな気持ちも出てきます。
「これでいいのかな」
テレビ、見せすぎかな。
ちゃんと遊んであげたほうがいいのかな。
帰ってきたばかりなのに、母がソファで寝転がっていていいのかな。
もっと何かしてあげるべきかな。
母親をしていると、休んでいるだけで少し罪悪感が出てくることがあります。
子どもがテレビを見ていて、
自分は横になっていて、
家事も進んでいなくて、
夕飯もまだちゃんとしていない。
それだけで、なんとなく「ちゃんとしていない母」みたいな気持ちになる。
でも、風邪の日は違います。
今日の目的は、充実した午後を過ごすことではありません。
知育をすることでも、楽しい遊びを用意することでも、理想の育児をすることでもありません。
今日の目的は、ただひとつ。
18時まで、親子で安全にたどり着くこと。

風邪の日のテレビは、手抜きではなく安全装置
体調が悪い日のテレビは、手抜きではないと思います。
それは、母が倒れないための道具です。
家庭を夕方まで静かに運ぶための橋です。
子どもが安全に過ごすための一時的な助けです。
もちろん、毎日何時間もテレビを見せたいわけではありません。
本当は、一緒に絵本を読んだり、積み木をしたり、おやつを作ったり、外に出たりできたらいい。
でも、できない日もあります。
母の体調が悪い日。
下の子も風邪っぽい日。
夕方までワンオペの日。
子どもも幼稚園帰りで疲れている日。
そんな日は、テレビに頼っていい。
アンパンマンをつける。
子どもは安心して見る。
母はソファで横になる。
下の子は昼寝をする。
それで家庭が静かに回るなら、それは十分すぎるほど立派な選択です。
風邪の日に無理をして、
「テレビを見せないようにしよう」
「ちゃんと遊んであげよう」
「夕飯もいつも通り作ろう」
と頑張りすぎると、あとで一気に疲れが出ます。
母が悪化すると、翌日がもっと大変になります。
子どもへの余裕もなくなります。
結局、家庭全体がしんどくなることもあります。
だから、今日は省エネでいい。
テレビを見せているのではなく、
家庭を安全に着陸させている。
そう思うと、少しだけ罪悪感がやわらぎます。

今日の育児は「伸ばす」より「守る」
元気な日は、子どもといろいろなことができます。
公園に行く。
一緒にお菓子を作る。
絵本を読む。
工作をする。
お風呂でたくさん遊ぶ。
寝る前にゆっくり話す。
そういう日も、大切です。
でも、毎日それをしなくていい。
特に、母の体調が悪い日は、育児の目的を変えていいと思います。
子どもを伸ばす日ではなく、
子どもを守る日。
楽しい経験を増やす日ではなく、
穏やかに夜まで運ぶ日。
母が頑張る日ではなく、
母がこれ以上崩れないようにする日。
今日の目標は、とても低くていい。
水分をとる。
子どもが安全に過ごす。
下の子の昼寝を守る。
上の子が機嫌よく過ごす。
18時に寝る流れに持っていく。
母が悪化しない。
これだけで十分です。
ちゃんとしたごはんを作らなくてもいい。
部屋が散らかっていてもいい。
洗濯物が畳まれていなくてもいい。
テレビの時間が長くなってもいい。
風邪の日の育児は、
「どれだけよくできたか」ではなく、
「どれだけ悪化させずに済んだか」で考えていい。
18時就寝までの、橋渡しテレビ
我が家の長女は、18時には寝ます。
だから、15時に帰宅してから18時まで。
この3時間をどう過ごすかが、その日の大きな山場です。
元気な日なら、少し遊んで、おやつを食べて、お風呂に入って、ごはんを食べて、寝る。
でも、風邪の日はその流れが重たい。
ひとつひとつの動作に、いつもよりエネルギーがいる。
子どもの「ママ見て」も、いつもより受け止める力が必要になる。
下の子が起きたら、また抱っこや授乳やお世話が始まる。
だから、15時から18時までのテレビは、ただの娯楽ではありません。
寝るまでの橋渡し。
夕方の荒れやすい時間を、できるだけ穏やかに通過するための助けです。
少し余裕があれば、17時半ごろから部屋を少し暗めにする。
テレビの音量を下げる。
水分をとらせる。
寝る前の流れに少しずつ近づける。
それだけで十分です。
お風呂も、無理なら短めでいい。
本当にしんどければ、体を拭くだけの日があってもいい。
夕飯も、子どもが食べられるものを出せばいい。
ふりかけごはんでも、納豆ごはんでも、うどんでも、バナナでも、ヨーグルトでもいい。
栄養満点の手作りごはんじゃなくても、風邪の日は合格です。
大切なのは、完璧に整えることではなく、
親子で夜までたどり着くこと。
ソファで横になる母も、ちゃんと家庭を守っている
ソファで横になっていると、何もしていないように見えるかもしれません。
でも、本当はちゃんと見ています。
子どもが安全か。
下の子が寝ているか。
上の子が落ち着いているか。
部屋が寒すぎないか。
水分は足りているか。
そろそろ寝る準備に入れそうか。
横になりながらでも、母は家庭を見ています。
母親の仕事は、いつも動いていることだけではありません。
元気に遊び続けることだけでもありません。
ときには、動かないことで家庭を守ることもあります。
今ここで無理をしない。
体力を温存する。
イライラが爆発しないように、刺激を減らす。
子どもたちが安心して過ごせる環境を作る。
それも、ちゃんと育児です。
むしろ、体調が悪い日に自分の限界を認めて、テレビや便利なものに頼れるのは、とても大切な力だと思います。
母が全部抱えなくていい。
母が全部楽しくしなくていい。
母が全部ちゃんとしなくていい。
アンパンマンに頼る日があっていい。
冷房に頼る日があっていい。
スマホに頼る日があっていい。
ソファに沈む日があっていい。
それで今日が少し楽に終わるなら、それはとても意味のあることです。

罪悪感より、回復を優先する
母になると、なぜか「休むこと」に罪悪感がついてきます。
子どもが起きているのに横になっていていいのかな。
テレビに頼っていいのかな。
スマホを見ていていいのかな。
もっとちゃんとした母親なら、こんなふうにしないのかな。
でも、体調が悪い日に必要なのは、罪悪感ではなく回復です。
罪悪感を持っても、風邪は治りません。
自分を責めても、体力は戻りません。
「ちゃんとしなきゃ」と思い続けても、夕方が楽になるわけではありません。
それなら、少しでも横になる。
少しでも目を閉じる。
少しでも水分をとる。
少しでも子どもが落ち着く方法を選ぶ。
そのほうが、ずっと現実的です。
子どもにとっても、無理してイライラしている母より、少し休んで穏やかにそこにいる母のほうが安心かもしれません。
今日はテレビが長かった。
でも、怒鳴らずに済んだ。
下の子の昼寝を守れた。
自分も少し休めた。
18時に寝る流れまで持っていけた。
それなら、もう十分です。
まとめ。テレビを消す日もあれば、テレビに助けてもらう日もある
育児には、いろいろな日があります。
たくさん遊べる日。
公園に行ける日。
絵本を何冊も読める日。
手作りおやつを作れる日。
子どもの話をゆっくり聞ける日。
そして、テレビに助けてもらう日。
ソファで横になる日。
ごはんを簡単にする日。
お風呂を短くする日。
18時までなんとかたどり着く日。
どちらも、ちゃんと育児です。
風邪の日に、いつも通りの母でいようとしなくていい。
熱がなくても、体が重いなら休んでいい。
子どもにテレビを見せながら、ソファで横になっていい。
それは、手抜きではありません。
母が倒れないための工夫です。
家庭を守るための選択です。
親子で今日を越えるための、立派な省エネ育児です。
テレビを見せる日があってもいい。
ソファで横になる午後があってもいい。
アンパンマンに助けてもらう夕方があってもいい。
母が休めた分だけ、家庭はちゃんと守られている。
今日はそれでいい。
今日を無事に終えられたら、それだけで十分です。