ソムリエ主婦🥂育児のぼやき

長女2歳&次女0歳、ソムリエ資格をもつ29歳専業主婦の日々。ワインを飲むひとときのように、肩の力をぬいてホッとする時間を大切にしたい。

2歳の言い間違いが、どうしてこんなにも胸に残るのか

 

その名前を、どうしても最後まで言いたいらしい。
途中までは合っているのに、
後半になると音が絡まって、
少しだけ別の言葉になってしまう。

それでも本人は、
一生懸命に、胸を張って言う。
「ねえ、ここ、いく?」
と、指差しながら。

その姿を見たとき、
私は思わず笑ってしまうのだけれど、
同時に、胸の奥がきゅっとする。

1. 正しく言えない、でも言おうとしている

よく行くスーパーの名前。
大人にとっては当たり前の言葉でも、
子どもにとっては少し長くて、少し難しい。

一文字だけ入れ替わっていたり、
音がひとつ抜けていたり。
それでも、
「ここに行きたい」「ここを知っている」
という気持ちは、はっきり伝わってくる。

言葉としては未完成なのに、
意思だけは完成している。

そのアンバランスさが、
どうしようもなく愛おしい。

2. 長い名前ほど、途中で迷子になる

長い固有名詞になると、
後半はだいたいごちゃっとする。

最初の数音は、驚くほど正確。
でも、
最後まで辿り着く前に、
音が渋滞してしまう。

それでも途中でやめない。
途中で諦めない。

最後の一音まで、
なんとか言い切ろうとする。

その姿を見ていると、
「正しく言えるかどうか」よりも、
「最後まで言おうとすること」のほうが、
ずっと大切に思えてくる。

最後まで言おうとする、その一生懸命さが愛おしい

3. 間違っているのに、間違っていない

大人の耳には、
確かに“間違い”として聞こえる。

でも、
本人の中では、
それは間違いではない。

「これが、これの名前」
という確信がある。

だから堂々としているし、
何度も繰り返す。

訂正しようとすると、
少し不満そうな顔をすることもある。

それを見て、
私は最近、あえて直さないようにしている。

正しい名前は、
きっとそのうち自然に身につく。
でも、
この言い方は、今しかない。

4. 言葉は、完成する前がいちばん豊か

言葉は、
覚えた瞬間よりも、
覚えきる前のほうが、
ずっと表情がある。

少し伸びたり、
縮んだり、
ひっくり返ったり。

意味と音が、
まだ完全には結びついていないからこそ、
そこに余白がある。

その余白に、
その子らしさが溢れている。

完成してしまったら、
きっともう戻らない。

5. 一生懸命さが、胸を打つ理由

なぜ、こんなにも心に残るのだろう。
ときどき考える。

たぶんそれは、
「伝えたい」という気持ちが、
とてもまっすぐだから。

うまく言えなくても、
言葉が足りなくても、
途中で詰まっても。

それでも、
相手に届けようとする。

その姿は、
大人が忘れてしまった何かを、
思い出させてくれる。

正しくなくても、まっすぐな言葉

6. 正しさよりも、温度

大人になると、
言葉は正しく使うものになる。

間違えないように、
誤解されないように、
無難な言い方を選ぶ。

でも、子どもの言葉には、
そんな計算はない。

ただ、
今感じていることを、
今の力で、
必死に外に出しているだけ。

その温度の高さが、
胸に残るのだと思う。

7. いつか、言い間違えなくなる日が来る

ある日、
ふと気づくのだと思う。

「あれ? 正しく言っている」
と。

それはきっと、
誇らしい瞬間でもあり、
少しだけ寂しい瞬間でもある。

もう、あの言い方は聞けない。
もう、あの音の並びは戻らない。

成長はいつも、
何かを得て、
何かを手放していく。

8. 今の言葉を、心にしまっておく

だから私は、
その言い間違いを、
心の中でそっと保存している。

声のトーン。
少し誇らしげな表情。
最後まで言えたときの、
満足そうな顔。

写真や動画には残らなくても、
確かにここにあった時間として。

9. おわりに

言い間違いは、
未熟さの証ではなく、
成長の途中にある証。

完璧じゃないからこそ、
そこに物語がある。

いつか、
すべて正しく言えるようになったとき、
私はきっと、
この不完全な言葉たちを
懐かしく思い出す。

そして心の中で、
そっと言うのだと思う。

「あの頃のあなたの言葉、
とても、かわいかったよ」と。

 

最後までお読みいただきありがとうございました😊